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| 成章高校野球部 新コーチ 坂本 裕也 |
■就任挨拶
4月からコーチになりました坂本です。
今までに経験してきたことを後輩たちに伝えていきたいと思っています。
自分のすべてを後輩にぶつけていきたいと思います。
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| 成章高校野球部 新監督 河合邦宗 |
■就任挨拶
このたび成章高等学校野球部監督を務めさせていただくことになりました河合邦宗です。100年以上の輝かしい歴史と伝統、そして多くの方から応援され支えられている素晴らしい野球部の監督となれたことを、心から光栄に思っております。また、母校の監督を務めることは大変ありがたいことであり、嬉しく思っております。
OBの皆様、保護者の皆様、ファンの皆様、成章高校に関わるすべての皆様に心の底から応援していただけるような「人づくり」をモットーにチームを作っていきたいと思っております。
若輩者ではございますが、なにとぞご指導ご鞭撻、宜しくお願い申し上げます。 |
| 愛知県立成章高等学校 校長 青木 睦彦 |
■はじめまして
私は、この度異動で本校校長として着任しました青木睦彦と申します。素晴らしい学校づくりを進められた前任の壁谷宜男校長先生からバトンを受け継がせて頂きました。甚だ力不足の私ではありますが、生徒達の幸せのために全力で精進努力してまいります。よろしくお願いします。
私はかつて、平成4年度から9年度までの6年間を教諭として本校で勤めさせて頂き、11年ぶりに戻ってまいりました。その間、外から成章高校を見ていて文武両道を柱とした本格的な教育活動を実践して着実に成果を挙げている様子に感心していました。
生徒達の進学・就職の進路実績はもちろん、多くの部活動も目覚ましい活躍ぶりでした。まさにそれを象徴し代表したものが、昨春の甲子園での野球部の大活躍であり、素晴らしい感動的な応援であったと言えるのではないでしょうか。本校の生徒達は甲子園によって得難い体験をすることで大きく成長させてもらったことと思います。
私は校長として、これからも本校の生徒たちが文武両道の実践を通して知・徳・体においてバランスのとれた心身共に健康な高校生として育てくれることを願っています。そのために生徒達には部活動において、苦しさや辛さを乗り越えて上達し成長することの楽しみを味わいながら自分を磨いてもらいたいと思います。
私はこれから、野球部で学ぶ部員とマネージャー達がどんな「自分磨き」をするか、そしてどんな素晴らしく逞しい青年に成長していくかをしっかり見守っていきたいと思います。父母会やOB会をはじめ関係の皆様には、ご支援をよろしくお願いいたします。
生徒達へのエールとして、私が出会った大好きな言葉を贈ります。「やってやれないことはない、やらずにできるわけがない。」野球部のますますの健闘を祈っています。 |
| 成章高校野球部 副部長 藤原 誠 |

この度、春の人事異動により成章高校へ赴任した藤原誠です。野球経験は選手として約16年間。指導者としては講師時代も含め7年目です。4月にグランドで選手に挨拶をしてから半年間、副部長として糟谷監督のもと、選手の夢とより良き人生の為に精一杯お手伝いさせていただいています。夏の選手権大会は惜しくもBEST16、現在は秋季県大会に向けて着々と選手は力をつけてきています。今後、東海大会や春の選抜大会と駒を進めていければと毎日選手に発破をかけています。
私個人の考えは、結果を求めて練習に取り組むことはもちろんですが、野球部を通して人生を歩んでいく力と成るべきものを身に付けて欲しいと感じています。私自身、野球というスポーツがあればこそ多くの出会いや成長があったと感じています。人生80年の中のたった2年と4カ月。この短い期間を苦しくも乗り越えていくことに意義があり、進歩があると感じています。またその中で得るものは一生の宝です。ぜひ何度もある挫折と反省を繰り返しながら成長してほしいと思っています。
また日々の練習において、OB会や父母会などの後援会のサポート。そして地域の方々の期待と絆というものにとても驚いています。この驚きを感謝という無形の力に変え、これからも日々選手の力となれるよう精一杯尽くしたいと考えておりますので、御指導御鞭撻よろしくお願いします。 |
| 成章高校野球部 トレーナー 福井 順之 |
■福井トレーナの紹介
鍼灸師として、田原市を中心に出張治療及びトレーニング指導をしています。 夕方からは、選手の身体のケアとトレーニング指導等を行っています。
選手の身体を診たいと思ったのは、一度きりの人生、充実した時間にして欲しいこと、ケガ予防やメンタル部分を補い、今以上の力を発揮して欲しいことなどからです。
私自身、現役を退いて、『あの時こうしておけば良かった』、『あの時こういう練習方法・トレーニング方法が分かっていれば』と思うことが多々ありました。だから、この資格を取得し選手のため、患者様のために貢献しようと考えた結果、今に至ります。
子供たちへのアドバイス
12歳くらいまでにいろいろな遊び・スポーツ(縄跳び・鬼ごっこ・ドッジボール・メンコ・木登り・トランポリン・野球、サッカー、バスケットボール・水泳・バドミントン・テニス等)を行うことで身体の使い方(運動神経)が向上します。 1つの遊び・スポーツより多くの遊び・スポーツを是非お勧めいたします。 |
| 愛知県立成章高等学校及び同校野球部とその周辺 |
【田原藩校「成章館」の伝統を受け継いで】 本校の前身は、文武両道を習練させて藩の隆盛に貢献できる人材を育成しようと、文化7(1810)年に設立された、旧田原藩校「成章館」まで溯ります。校名は論語にある「斐然成章(ひぜんせいしょう−志が大きくて進取の精神に富んだすばらしい人材)の句から付けられました。 藩校の運営、教育方針等について 遠く江戸の地から指示を与えていたのが田原藩江戸家老であり、すぐれた画家、思想家でもあった渡辺崋山です。 その後、廃藩置県によって廃校となりますが、明治34(1901)年に再興され、平成13(2001)年に創立100周年を迎えた、歴史と伝統に彩られた学校です。 全国的にも珍しく、普通科、商業科、生活文化科の3学科を持つ学校であり、現在全校で21学級、男子366名、女子471名、合計837名の生徒が学んでいます。
【文武両道を目指して】
本校では、“文武両道”という藩校以来の精神が今に引き継がれ、田原市の中核校として学習面のみならず部活動の面でも活発に活動し、優れた実績を残しています。本年度の部活動参加率は、1・2年生ともに、99%の高率となっています。
部活動の面では、文化部のうち、吹奏楽部が東海大会出場レベル、平成20年度全国総合文化祭(群馬県)へ出場しているほか、美術部も毎年のように全国高校総合文化祭に出展しています。
運動部では、昭和47(1972)年に第44回選抜高校野球大会、そして今春、第80回記念選抜高校野球大会に出場した野球部のほか、弓道部が昭和60(1985)年のインターハイで全国制覇したことが際立っています。弓道部は、平成18年秋、兵庫県で開催された「のじぎく国体」において、少年の部・遠的競技で日本一に輝いた愛知県チームの選手を輩出するなど、目覚ましい活躍を見せています。
学習面では、普通科卒業生が200名程にもかかわらず、地元名古屋大学を始め、国公立大学への合格者数が平成20年春においては75名、早稲田、慶応大学などの有力私学へも多数の合格者を出すなど、文武両道の目標に向かって取り組んでいます。
【特色ある学校づくり】
本校では、魅力ある学校を目指して、特色にあふれた学校づくりを行っています。
中でも、幕末の先覚者、渡辺崋山が見据えた海外に目を向けようと始められた国際理解教育があります。 本校では、創立90周年の年に「国際化への幕開け」をテーマに掲げ、田原市の姉妹都市、米国ケンタッキー州ジョージタウン市のスコット高校と姉妹校提携を交わしています。毎年夏休みに生徒10名を派遣して交流を深めていますが、これまでに160名の生徒が同市を訪れています。 また、田原市社会福祉協力校として本校では、学校生活のあらゆる機会をとらえ、ボランティア精神を培い、福祉に関する意識及び実践力の育成をはかることを目標に、生徒会、部活動、保健厚生部、商業科、生活文化科等がそれぞれの特色を生かし、地域に根ざしたボランティア交流活動を実践しています。 本校には「田原町立(大正5・1946年〜大正9・1920年」「渥美郡立(大正9・1920年〜大正12・1923年)という時代があり、地域の大きな期待を担いつつ運営されたことが偲ばれます。本校が地域と密接に関係し、共に響きあって発展してきた伝統が受け継がれているものといえます。
【創部100年の歴史】 野球部の歴史は古く、学校創立に遅れること5年、明治39(1906)年に創部され、戦中及び終戦直後には活動を停止せざるを得ない状況に見舞われましたが、平成18(2006)年、創部100周年を迎えました。
昭和21(1946)年、復活なった野球部は輝かしい戦績を刻むことになります。昭和25(1950)年の初優勝以来、東三河を制すること24回、全三河大会制覇25回、愛知県大会では2回の優勝を飾っています。また、中部地区大会、東海大会への出場も8回を数えるなど、公立高校でありながら三河地区のみならず、県下の強豪校の一角に挙げられています。この間、特に、昭和47(1972)年・平成20(2008)年、春の選抜甲子園大会への出場は、学校、野球部関係者ばかりでなく、渥美半島中に大きな喜びとして迎えられました。
しかし、活動上の制約は数多くあります。特に学校が東西に長く南北に狭い渥美半島の中ほどに位置するという地理的状況もあり、部員はすべて地元中学出身者で他地域からの入部者は期待できません。 また、県大会に使用される球場のうち、最も近い豊橋市民球場まで学校から1時間、メイン球場である熱田球場までは2時間30分余りの時間を要します。半島の先端から通学する部員は、実に自宅から3時間30分余りをかけて球場入りすることになります。午前10時の試合開始に間に合わせるためには、午前4時過ぎに起床しなければなりません。もちろん、この時間に学校まで行くための公共交通機関はありません。時には、豊橋地区在住の生徒宅に世話になりながら、過去、県大会準々決勝からの試合は、すべてこのような状況とも戦いながら臨んできました。
【創部100周年記念式典】 平成18年秋、歴代の指導者やOB、現役部員、保護者ら約400人が出席して、創部100周年の節目を祝う式典が盛大に開催されました。 式典に先立ち、前年に引き続き第79回選抜高校野球大会21世紀枠愛知県候補校として推薦されたとして、表彰式や記念盾が授与され、会場は二重の喜びに沸きました。 山内100周年記念実行委員長による「公立高校ながら強豪校の一角に挙げられているのも、部員・マネージャーたちの努力、先生・保護者・地域の皆さんの理解と協力のおかげ。今後も部の発展のために支援をお願いしたい」との挨拶の後、田原市長らの祝辞に続いて、部の発展を支えた歴代の指導者らに感謝状が手渡されました。 部員を代表して前主将が「部員全員が闘魂の精神を胸に、諸先輩方の汗がしみこんだグランドで頑張っていきたい」と誓いの言葉を述べ、式典を締めくくりました。 野球部OB会が主体となって開催されたこの式典へは、市長の他、市議会議員、地元選出の愛知県議会議員、同窓会長、PTA会長、そして歴代の成章高校長らも来賓として出席され、地域をあげて野球への関心・期待が高いことをうかがわせる式典でした。
【野球部の特色ある活動】 本校野球部の諸活動の中で特筆されるのが、学校の卒業式を前に開催され本年度で31回目となる「野球部卒業式」があります。昭和54(1979)年、3年間の活動を終えた選手やマネージャーを讃え、その活動を支えた保護者に感謝の気持ちを伝えようと始められた行事です。一人一人が部活動の様子を振り返り、涙ながらに両親の感謝の言葉を述べる場面を始め、「手作りの卒業式」の様子は元東京都高等学校野球連盟理事長・佐藤道輔氏の筆(「続・甲子園の心を求めて 高校野球の現場から」読売新聞社刊)によって詳細に紹介されています。刊行後の反響は大きく、本校野球部には全国の野球関係者、高校野球ファンなどから電話や書面による問い合わせが相次ぎました。現在、多くの学校で実施されている「部卒業式」「卒部式」の先駆けとなった実績です。
また、平成17(2005)年秋から、「最後の夏にベンチ入りできなかった選手、控えの選手たちを応援しよう」と本校野球部が発起校となり田原市内にある三つの高校野球部による親睦試合、「もう一つの甲子園大会」が初めて開催されました。三校のマネージャーによる始球式に始まった親睦試合では、1・2年生、保護者による公式戦さながらの応援のもと、控え選手を中心に編成されたチームが熱い戦いを繰り広げ、その模様は地元ケーブルテレビや新聞等で紹介されました。
【後進の育成にあたる野球部OBたち】
本校野球部を巣立った卒業生からは多くの野球関係者が誕生し、「白球を通した人格形成」を指導の指針として近隣の小中学校、高等学校はもちろんのこと、少年野球、野球クラブチームから社会体育の分野に至るまで、広く後進の指導・育成・野球の普及にあたっています。 主な高校野球関係者としては、兵庫県滝川中学校・愛知東邦商業高校・愛知県一宮中学校(現愛知県立一宮高校)・愛知県立時習館高校において監督を歴任し、いずれの学校においても甲子園大会出場を果たした故渥美政雄氏、愛知県立成章高校・同豊橋工業高校において監督・部長を歴任した元愛知県高野連理事立花一夫氏、愛知県立一宮商業高校・愛知県立成章高校において監督・部長を歴任、成章高校において甲子園出場を果たした元愛知県高野連理事、平成17年イヤーオブコーチとして表彰を受けた山本昌彦氏などがいます。
その他、元愛知県高野連審判部東三河審判部審判長、元愛知県高野連審判部技術部長、元愛知県高野連副会長、元愛知県高野連理事・常任理事、現愛知県高野連審判部東三河役員、現愛知県高野連理事など、多くの高校野球関係者を輩出しています。 また、愛知県内において現役の監督・部長・副部長は6名おり、本校野球部OBは、県内各地で高校野球指導者として活躍しています。高校野球部に限らず、小中学校野球部において指導者として活動してきたOBも20名近くいます。現在も5名のOBが、渥美半島内の各小中学校において監督・部長として、地域の野球発展と高校野球の裾野拡大に寄与しています。
また、野球部OBは社会体育の分野でも活躍しています。
兵庫県体育指導委員会副会長・同生涯スポーツ連合常任理事、灘区体育指導連絡会会長・同体育協会副会・神戸市体育指導員協議会議員・同スポーツ振興審議会委員・第61回国民体育大会神戸市常任理事・同総務企画委員会副会長などを務め、阪神淡路大震災灘区南八幡復興委員会会長として尽力した阪本正彦氏、元王子製紙春日井監督の木藤文雄氏、元電電東海監督・プロ野球中日ドラゴンズ選手の伊藤守氏も野球部のOBの一人です。
【幅広く活躍する卒業生】 本校の卒業生は2万余名にも上り、社会の幅広い分野で活躍しており、著名な人物も多くいます。 元東海テレビ放送社長・相談役の故鈴木充氏、元衆議院議員・環境庁長官の故上村千一郎氏、元三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)頭取・相談役の故山田春(はじめ)氏、元中日新聞社社長・中日ドラゴンズオーナーの白井文吾氏、豊田合成会長の伴章二氏、高千穂商科大学教授・運輸省航空審議会委員の山本雄二郎氏、バロック音楽の第一人者で東京芸術大学講師の多田逸朗氏など、枚挙にいとまがありません。 元中日ドラゴンズ坂口俊一氏、東海ラジオ放送アナウンサーの原光隆氏、125cc世界チャンピオンの二輪レーサー上田昇氏、タレントの光浦靖子氏、元プロ野球近鉄バッファローズの平江巌氏なども本校の卒業生です。
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